東京地方裁判所 平成7年(ワ)6615号 判決 1998年1月28日
甲事件原告
安田火災海上保険株式会社
甲事件被告
安藤栄祐
乙事件原告
安藤栄祐
乙事件被告
安田火災海上保険株式会社
ほか一名
主文
一 甲事件被告は、甲事件原告に対し、金二〇八万一四〇三円及びこれに対する平成七年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件被告宮本真成は、乙事件原告に対し、金九九万円及びこれに対する平成四年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 乙事件被告安田火災海上保険株式会社は、乙事件原告の乙事件被告宮本真成に対する乙事件の判決が確定したときは、乙事件原告に対し、金九九万円及びこれに対する平成四年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 甲事件原告のその余の請求及び乙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、甲事件について生じた分は、これを二分し、その一を甲事件原告の負担とし、その余を甲事件被告の負担とし、乙事件について生じた分は、これを二分し、その一を乙事件原告の負担とし、その余を乙事件被告らの負担とする。
六 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
甲事件被告は、甲事件原告に対し、金四一六万二八〇六円及びこれに対する平成七年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
1 乙事件被告宮本真成は、乙事件原告に対し、金一九八万円及びこれに対する平成四年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 乙事件被告安田火災海上保険株式会社は、乙事件原告の乙事件被告宮本真成に対する乙事件の判決が確定したときは、乙事件原告に対し、金一九八万円及びこれに対する平成四年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故の当事者(ただし、甲事件は保険代位により保険会社が原告)が、互いに相手方及び相手方の保険会社(乙事件)に対し、物損の損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実及び証拠上明らかな事実
1 交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生(争いのない事実)
(一) 日時 平成四年四月一五日 午前二時一五分ころ
(二) 場所 神奈川県大和市南林間四―六―一八先交差点(以下、「本件交差点」という。)
(三) 事故態様 乙事件被告宮本真成(以下、「被告宮本」という。)は、普通乗用自動車(相模三三ぬ五〇七四)を運転して、本件交差点を南林間駅方面から座間方面に進行中、鶴間方面から中央林間方面に向けて進行してきた甲事件被告・乙事件原告安藤栄祐(以下、「被告安藤」という。)運転の普通乗用自動車(相模三三と一一五九)と衝突し、被告宮本運転車は、進行方向右斜め前のガソリンスタンド(小沢物産株式会社経営)の計量器に突っ込み、さらにその計量器を駐車していた藤沢永所有の車両に接触させ、同車両を損傷した。
2 本件事故により、当事者等に次の損害が発生した。
(一) 甲事件関係
本件事故により、次の損害が発生した(損害ごとに掲記の書証のほか、証人長谷川哲朗)。
(1) 被告宮本所有車両修理費
金一六四万三七四六円(甲五の1、2)
(2) 小沢物産株式会社所有の計量器等修理費
金一九一万九一五八円(甲六の1ないし8)
(3) 藤沢永所有車両の修理費等
金五九万九九〇二円(甲七の1ないし5)
(修理費四七万六三〇二円・代車料一二万三六〇〇円)
(二) 乙事件関係
被告安藤所有車両は、昭和六二年三月登録のランチャで、本件事故当時の価格は一八〇万円であったが、本件事故による修理費は少なくとも右時価額を上回る(乙二の1ないし3、三)。
3 保険契約(争いのない事実)
被告宮本は、甲事件原告・乙事件被告安田火災海上保険株式会社(以下、「原告保険会社」という。)との間に被告宮本車両の損害及びこれによる対物損害賠償責任について自家用自動車総合保険(SAP)を締結していた。右保険契約によれば、原告保険会社は、被告宮本の対物損害賠償責任について判決が確定したときは、直接、損害賠償金を損害賠償請求権者に支払う義務がある。
4 保険金の支払
原告保険会社は、右保険契約に基づき、平成四年八月五日に被告宮本に対して、同年六月一七日に小沢物産株式会社に対して、同年五月二〇日藤沢永に対して、前記2(一)記載の各損害金をそれぞれ支払った(甲八、九)。
二 争点
双方当事者とも、本件事故の原因は、相手方の赤信号無視であって、もっぱら相手方の過失によって発生したものであるとして、互いに、民法七〇九条により、前記の損害の賠償請求(乙事件では、弁護士費用相当損害金一八万円も請求)をしている。
本件の争点は、<1>双方の信号無視の過失の有無、<2>過失相殺であるが、要するに、双方の本件交差点進入時の信号表示の状況が問題となる事案である。
第三争点に対する判断
一 本件交差点の状況
証拠(甲一ないし四、乙一)によれば、次の事実が認められる。
1 本件交差点は、東方南林間駅方向から西方座間方向に通じる車道幅員約八・〇メートルの市道(以下、 「東西道路」という。)と南方鶴間方向から北方中央林間方向に通じる幅員約七・〇メートルの市道(以下、「南北道路」という。)が交わる信号機によって交通整理がされている十字路で、双方道路とも、最高速度時速四〇キロメートルに制限されており、両側に家が建ち並んでおり、左右の見通しはいずれも悪い。
2 本件事故当時の本件交差点の東西道路(被告宮本進行路)と南北道路(被告安藤進行路)の車両を規制する各対面信号の表示周期は次のとおりであった。
<1> 東西道路 青 南北道路 赤 二七秒
<2> 同 黄 同 赤 三秒
<3> 同 赤 同 赤 三秒
<4> 同 赤 同 青 二七秒
<5> 同 赤 同 黄 三秒
<6> 同 赤 同 赤 三秒
なお、東西道路の車両を規制する信号が黄表示を示す七秒前に、東西道路の歩行者(南北道路を横断する歩行者)を規制する信号が青点滅を開始し、四秒間点滅した後、赤表示に変わる(したがって、車両用信号が青で歩行者用信号が赤を示す時間が、車両用信号が黄表示に変わる前に三秒間ある。)。
二 本件事故の状況
本件事故の状況については、前記第二・一・1記載の争いのない事実のほか、証拠(甲一ないし四、五の1、2、六の1ないし8、七の1ないし5、乙一、二の1ないし3、証人寺野浩二(第一、二回)、証人菅良信、証人松尾浩、被告宮本、被告安藤)によれば、次の事実が認められる。
被告宮本は、東西道路を東から西に時速約五〇キロメートルで進行してきて、本件交差点に進入した。一方、被告安藤は、後部座席に松尾浩、助手席にもう一名を同乗させ、南北道路を南から北に向かって本件交差点に差しかかったが、対面信号の赤色表示に従い、本件交差点手前の停止線に停車した後、発進させた。(それぞれの本件交差点進入時の信号表示の状況については、後に判断する。)それぞれが本件交差点に進入後、出会い頭に、被告宮本車両の前方左側と被告安藤車両の前方右側とが衝突した。衝突後、被告安藤車両は、東西道路の座間方向に押し出される形で停車し、被告宮本車両は、本件交差点北西角のガンリンスタンドの計量器に突っ込んだ(その後の経過は、前記第二・一・1記載のとおり。)。
三 当事者らの供述
1 被告宮本
本件事故時の信号表示等についての被告宮本の本人尋問における供述の要旨は次のとおりである。
被告宮本は、東西道路を東から西に進行してきたが、本件交差点のかなり前から既に本件交差点の対面信号は青色を表示していた。歩行者用の信号は、交差点に入る直前では赤色になっていたので、車両用信号も衝突時には黄色に変わっていたかもしれない。衝突するまで、被告安藤車両が本件交差点に進入したことに気がつかなかった。
2 被告安藤
本件事故時の信号表示等についての被告安藤の本人尋問における供述の要旨は次のとおりである。
被告安藤は、後部座席に松尾浩、助手席にもう一名を同乗させ、南北道路を南から北に向かって本件交差点に差しかかったが、対面信号が赤色に変わったので、本件交差点手前の停止線に停車した。その後、被告安藤は、後部座席の松尾としばらく話をしていたが、松尾から青だよといわれ、対面信号を見たら青になっていたので発進させ、本件交差点に進入した。被告宮本車両と衝突して停車し、その一〇ないし一五秒後(当初、「停車した瞬間に信号を確認」としていたのを後に訂正)に対面信号を確認したら、黄色から赤に変わるところだった。
3 供述の信用性について
まず、被告宮本の供述の信用性について判断するに、被告宮本はかなり手前から対面信号の青色表示を確認しているが、本件交差点に進入した時点の信号表示の状況についての供述はあいまいである。この点、被告宮本が、衝突するまで被告安藤車両に気がついていないことからすれば、被告宮本は本件交差点に進入する直前において、前方を十分注視していなかった疑いが残る。
次に、被告安藤の供述の信用性について判断するに、被告安藤は、衝突して停車し、その一〇ないし一五秒後に対面信号を確認したら、黄色から赤に変わるところだったとしている点については、前記一2認定の信号の表示周期に照らして、信号が青に変わった直後に発進したとすることと符合しない(「停車した瞬間に信号を確認した」とする当初の供述を前提とすると、さらに矛盾が大きくなる。)。なお、被告安藤の供述は、証人松尾浩の供述とほぼ符合するが、同証人は、被告安藤の友人であって、客観性に問題があるから、これを根拠に事実を認定することはできないことはもとより、これによって、被告安藤の供述の信用性が高いということはできない。
以上のとおり、両当事者の供述を比較するに、双方ともあいまいな点があり、供述内容自体からは、どちらの供述も全面的に信用することはできず、また、いずれが信用できるかについても、決め手を欠くものといえる。
そこで、本件においては、本件事故を目撃していた第三者である証人寺野浩二の供述が重要となってくる。これを次に検討する。
四 目撃証人の供述
1 本件事故時の信号表示等についての証人寺野の証人尋問(第一回)における供述の要旨は次のとおりである(以下、「寺野第一回供述」という。)。
同証人は、南北道路を南から北に向かって本件交差点に差しかかったが、対面信号の赤色表示に従って、既に停止していた二台の車両(最前方が被告安藤車両と思われる。)に引き続き停車した。その後、対面信号が青に変わり、前車、前々車に引き続いて発進した。その直後衝突事故が起こった。
2 ところが、同証人は、証人尋問(第二回)において、要旨、次のとおり、全く異なる供述をしている(以下、「寺野第二回供述」という。)。
本件事故が起こったのは、自分の前の車(被告安藤)が悪いという認識であったことを思い出した。そのように思ったのは、多分、衝突の瞬間に信号を見たら赤だったからと思う。第一回の証人尋問後、被告宮本及び被告安藤の各本人尋問を間いていて、このことを思い出した。信号表示については、記憶ははっきりしていないが、ともかく自分の前の車が悪いという認識であった。事故後、被告安藤及び同乗者の松尾に対して、相手方の信号無視ですよねといったが、これは、被告安藤車両の運転手と被告宮本車両の運転手を取り違えていたためであり、その後、間違いに気がつき、松尾に対して、あなたの方が悪かったのですねといった。
3 また、証拠(甲四、証人菅良信)によれば、証人寺野は、本件事故後の実況見分の際に、警察官に対し、証人寺野は、対面信号の赤表示に従い前々車、前者に引き続き南北道路に停止中、対面信号がいまだ赤色を表示しているのにもかかわらず、前々車である被告安藤車両が本件交差点に進入し、衝突後約三秒後に対面信号は青になったと供述していることが認められる(以下、「寺野見分時供述」という。)。
4 そこで、まず、証人寺野の証人尋問における各供述の信用性について検討する。まず、供述内容自体に照らすと、寺野第一回供述は、かなり具体的であるのに対し、寺野第二回証言は、被告安藤が悪いという認識を持ったということ以外、事故の目撃状況や信号表示の状況については何ら具体的なことは記憶しておらず、かなり抽象的な供述である。
しかし、寺野第二回供述中、証人寺野が、事故後、被告安藤らに対して、被告宮本車両の運転手と取り違えて相手方の信号無視ですよねといったなどと供述している点については、被告安藤及び証人松尾の供述と符合している。
また、証人寺野の尋問は、事故後約四年を経過してから行われており、記憶がはっきりしていなかった疑いがある。これに対し、寺野見分時供述は、本件事故の直後のものであって、記憶の新鮮な時期にされたものであり、伝聞であることを差し引いても、信用性が高く、寺野第二回供述はこれに符合している。
そうすると、寺野第一回証言が単に記憶がはっきりしないというのではなく、具体的かつ明確に反対の事実を述べている点に全く疑問が残らないわけではないが、以上に照らすと、寺野見分時供述を信用することができ、また、これに沿う寺野第二回供述も一応信用することができる。
五 信号表示についての判断
以上のとおりであって、本件事故時の信号表示の状況については、寺野見分時供述及び寺野第二回供述を基礎として認定するほかないものと考えるが、これによれば、被告安藤が本件交差点に進入した時点での対面信号の表示は赤色であったものと認めることができる。
次に、被告宮本車両が本件交差点に進入した時点での対面信号の表示が問題となる。この点、一旦、赤信号で停止した被告安藤が、交差する東西道路の信号が青色であるのに、あえて本件交差点に進入したとは考えにくく、東西道路を規制する信号が赤色を表示したため、全赤の時点で見込み発進をしたことが最も可能性として高いと考えられる。また、寺野見分時供述によれば、衝突後約三秒後に対面信号は青になったとしており、この三秒という時間は、もとより証人寺野の感覚的なものであるから、必ずしも正確とはいえないが、衝突後すぐに被告安藤の対面信号が青色を表示したという点は、右の推認を裏付けるものである。
これによれば、被告宮本が本件交差点に進入した時点での対面信号の表示も赤色(全赤)であったと認めることができる。
六 過失及び過失相殺
以上によれば、被告安藤及び被告宮本の双方に、対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、これに従わないで本件交差点に進入した過失が認められ、双方の過失割合は同程度と認めることができるから、双方の損害について五割の過失相殺をするのが相当である。
七 結論
1 甲事件
以上に述べたとおり、被告宮本は、被告安藤に対して、前記第二・一・2・(一)の損害額の半額に当たる二〇八万一四〇三円について損害賠償(このうち、同(2)小沢物産株式会社及び(3)藤沢永の損害については第三者の損害を賠償したことによる共同不法行為者間の求償に当たる。)を求めることができ、この権利が保険代位により、原告保険会社に移転したものと認めることができる。
よって、原告保険会社の請求は、右損害金二〇八万一四〇三円及びこれに対する本件保険金支払の後である平成七年四月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。
2 乙事件
以上に述べたとおり、被告安藤は、被告宮本に対して、前記第二・一・2・(二)の損害額の半額に当たる金九〇万円について損害賠償を求めることができる。また、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は九万円とするのが相当と認められる。また、これらの損害について、被告安藤には、原告保険会社に対して自家用自動車総合保険契約上の直接請求権がある。
よって、被告安藤の請求は、乙事件被告らに対して(原告保険会社に対しては被告宮本に対する乙事件判決の確定を条件として)、右損害合計金九九万円及びこれに対する本件不法行為の日である平成四年四月一五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。
(裁判官 松谷佳樹)